人間の行動には、多くの場合、相手がある。パートナーがある。たとえけんかの相手であっても、相手があると言うことを、ないよりどれだけうれしい「…1…」分からない。相手があればこそ人生には救いがある。(中略)
宇宙飛行士の訓練に当って、アメリカでは、ずいぶん「孤独実験」と言うのを繰り返したそうだ。世界から遮断された宇宙船カプセルの模型に飛行士を一 人入れて、二日、三日と、孤立状態を続けてみる。「…2…」、最初のうちは元気な人間が、段々活気を失ってくる、寂しさや不安を生み、人によっては、幻覚 に悩まされたりする。
一人旅というのは、短期間なら、気兼ねも要らず、ロマンチックなところもあって、大いに結構だけれども長期にわたって、一人というのは、やり切れな い。「…3…」相手がほしい。柳田国男の美しい言葉を拝借すれば「伴いを募る心¥」という心理が、人間には付きまとうのである。
一人で食事をする、というのも、たまにはいいけれど、いつも一人というのは、たまらない。わたしは、外国での一人暮らしという経験が何回かあるけれ ど、朝、昼、晩と一日三回、一人だけで食事する日が何日も続くと、食欲がぐんと低下することを自ら発見した。(中略)「…4…」、わたしは夕飯は必ず友人 を誘うことにした。そうすることによって、体と心の健康を維持することができた。
そして、そういう経験の中で、わたしは初めて、主婦のノイローゼ症状というものが分かった。とにかく、朝のうちに、夫と子供を送り出し、それから、 夕方まで一人で狭い部屋の中に閉じこもっているのだから、あえて宇宙飛行士なみとは言わないまでも、相当な孤独実験に主婦たちは自らを投入しているのであ る。主婦の昼飯というものが、一般的に言って、極めて簡単であって、たとえばお茶漬け、ラーメン、あるいはトースト一枚、といったものであるのは周知の事 実だが、これは必ずしも主婦の倹約精神による「…5…」。
要するに、人間は人間を相手にする時人間として健康なのである。食事も仕事も、相手あってこそ張り合いがあるのだ。